風俗指導員・松沢呉一の店外講習
風俗取材に携わって10余年。ひたすら「エロ街道」を歩き続ける著者が、お店スタッフや女の子との交流を重ねて得た、風俗業に関するさまざまな知見をここに開陳。新連載第2回目のテーマは、「カミングアウト」。風俗で働いていること、あなたは内緒にしてますか?
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何人かの風俗嬢たちが集まっている場に居合わせた時のこと。新人風俗嬢の樹里ちゃん(仮名。以下同)が「カレシができた時に、どのタイミングでどう告白するのがいいんですか」と皆に聞いた。簡単なようでいて、A級ランクの難しいテーマである。

 その場にいた全員が「わざわざ自分から言うことはない」と答えた。理想を言うなら、軽快に告白できるのが増えていった方が、世の中の意識も変革されていっていいんだが、個別に見た時には私の回答は微妙になる。

「カレシが反対したら別れる」とまで覚悟した上で告白するのなら、「ガンバレー」って話だ。しかし、「誰もがそこまで腹をくくれ」とまでは言い切れず、その責任をとれないため、私もこの時は「何もあえて波風を立てて損をすることはないと思う」と答えた。
 この場にいた麻美ちゃんの場合、友人たちのほとんどは彼女が風俗嬢だと知っている。知らない人がいたとしても、たまたま知らないだけで、彼女が隠しているわけではない。したがって、つきあう男たちも、最初から知っているか、そのうち知ることになる。

 それでも両親だけは知らない。薄々気づいているのだが、改めて「おまえは風俗嬢をやっているのか」とは聞かない状態と言った方がいいかな。はっきり知ると、そこで問題を直視し、「やめろ」というのか、親子の縁を切るのか、「おまえの判断に介入しない」と黙認するのか、「頑張れ」と応援するのか、なんらかの結論を出さなければならない。親はそれを避けたいのだろう。

 親子だからって互いにすべてを知っている必要はなく、セックスしたからって互いのすべてを知っている必要もない。浮気をした事実をパートナーに隠している人たちの方がずっと多いわけで、そんなことを報告し合って関係をまずくすることもないだろう。

 また、カレシが自分の仕事を知っていた方が楽かというと、必ずしもそうは言い切れないところがある。やはりこの場にいた彩菜ちゃんは客とつきあっていて、最初から仕事がバレている分、気楽なはずだが、彼女は「カレシが知っているために気を遣うところもある」という。現在、彼女は彼と知り合った店とは別の店をメインに働いているのだが、前の店にも籍を残している。

「私としては今の店に完全に移ってしまいたいんだけど、彼としては自分が知らない店で私が働くのはイヤみたい。だから、今の店で働いていることはまだ言ってないんですよ」

 ただでさえ風俗嬢であることに不安があるのに、自分が把握できないところで働かれると、さらに不安をかき立てられるのだろう。

 彼女たちは現在ラブラブ状態だからいいのだが、もし彼女が素っ気ない態度をとろうものなら、自分がそうだっただけに「他の客とデキたんじゃないか」と疑心暗鬼になる人もいそう。そうならないように、風俗嬢であることを知っている相手には普通以上に不安にさせないように気を遣う必要があり、どっちみちすべてを晒すわけにはいかない。
 彩菜ちゃんのカレシはそういう心配がなさそうだが、カレシと別れた時に、風俗嬢であることを相手が知っていたがために揉めるケースがあって、私のよく知っている範囲でもこういうケースは複数起きている。

 一人はバツイチで、相手は客ではないのだが、風俗嬢であることを告白していた。別れ話を持ち出したら男はストーカーと化し、「親に言うぞ」と脅しをかけてきた。結果そこまで至らずに男はつきまとわなくなったのだが、彼女はいざという時のために親に告白。親も子育てのためとの事情を理解してくれて、今も彼女は働いている。これで反省したのか、「自分が風俗嬢と知っている人とはつきあえない」と今は言っている。

 もう一人も似たような話で、こちらもバツイチだったのだが、男のストーカー行為が進行中に私に相談してきた。

「電話の脅しを全部テープにとっておけ。“殺すぞ”といったセリフを言ったら、それをもって警察に行って被害届を出し、警察が動いてくれなかったら、弁護士に相談しろ。相談だけだったら金はたいしてかからないから心配するな。相手が本格的に動きを見せたら、念のため、親には先に言っておいた方がいい」と私はアドバイス。

 この時の相手はヤクザ崩れのヒモみたいな男だ。単なる愛情の問題ではなく、生活の問題になってくるので、相手も必死だ。このコはそういうタイプが好きみたいなので、自業自得ではあるのだが、相手の弱みにつけ込むとは卑劣な男たちがいるもんである。

 このコの場合どうだったかよく知らないが、相手に自分の仕事を教えると、最初はヒモじゃなかったのに、金に困った時に頼ってくることにもなりかねない。知らなければ自分で努力してなんとかしたものを、彼女の金を頼りにしてダメ人間に堕落していくこともしばしばある。

 このように、告白することのリスクはさまざまあって、そのリスクをどう受け入れ、あるいはどう回避するのかを冷静に判断しておいた方がいいかと思う。
 しかし、告白しなければリスクがないわけではない。ここにいたコたちは全員カレシバレを経験していないのだが、バレた時のことを考えると、事前に告白しておいた方がいいとも言える。「風俗嬢であること」よりも、「そのことを隠していたこと」がショックに思える人がいるからだ。

 彩菜ちゃんは、先輩の立場から新人風俗嬢の樹里ちゃんにこうアドバイスした。

「一緒に住んでいるとバレやすいよね。今は家の近くに一人で住んでいるけど、風俗嬢になった頃は親と住んでいたから、母親に“最近あんたセッケン臭くない?”って言われて、あの時に薄々気づいたんじゃないかと思う。それ以上は言ってこなかったけど、実家に住んでいるんだったら、無香料のセッケンを使うとか、仕事に関するものは家に持って帰らないとか、大金を財布に入れないようにするとか、注意した方がいいよ」

 これに続けて私はこう言った。

「いざバレた時にどう言い訳をするかくらいは考えておいた方がいい。人間、パニクると、急には言葉が出てこないからさ」

 また、この場にいたヒロちゃんは、友だちに話したら、そこから話が広がって、つい最近、前の職場の上司にまでバレた。ちょうどこの時にその上司(女)から「体に気をつけてがんばりなさい」というメールが届いてひと安心。ただし、この人だって、こう言いながらも、「うちにいた××ちゃんが風俗嬢になっちゃってさ」なんて吹聴しないとは限らない。話としては面白いですからね。

 このように誰かに話すと、たいていの人は「絶対に言っちゃダメだよ」との条件つきで別の人に話す。別の人はもっと責任がないので、さらに大胆に話す。友だちに話したら、すでにその周辺の30人くらいが知っていると考えてもいい。
 上記のバツイチ風俗嬢も同じような経験をしている(二人のうちの一人目)。ある時、彼女に会ったら、こんなことを話し出した。

「一昨日親友と飲んだんですよ。彼女には知っていて欲しいし、きっと理解してくれると思って話してしまったんです。今までずっと隠していたのに。案の定、彼女は理解してくれて、その時は言ってよかったと思っていた。ところが、昨日、別の友だちから電話があって、“そういう仕事はしない方がいい”って言うんですよ。絶対に言わないって約束だったのに、すごいショック。私が話した親友の夫婦とは家族づきあいをしていて、私の親も知っている。どこまで話が広がっているのかもわからない。念のために、昨日、そのコに“やっぱりいけないことだと思うので、辞めることにしました”ってメールを入れたんだけど、返事がない。人が信じられなくなった。もう彼女とは絶交する」

 前にも男につきまとわれた経験があるんだから、早く学習した方がいいのに。自分だって黙っていられなかったんだから、他人はまして黙っていられず、他人に言うんだったら言いふらされることを前提に言うべし。私に話したら、原稿にされるものだと思うべし(どこの誰かわからないようにはしますけど)。

 といった事情を考えると、「いざとなったらカレシと別れる覚悟があるか」という程度の話ではなく、「カレシに別れ話を持ち出しても揉めないか」「カレシが親にチクッてもいいか」「周辺からカレシに情報が流れることはないのか」「店の決定までカレシに口を出されてもいいのか」といったさまざまな可能性を考慮に入れて判断すべきことである。
 ゲイのカミングアウトもそうだが、親に告白して理解してもらえてよかったというケースもあるし、結局のところ理解してもらえず疎遠になったというケースもある。それでも言ってよかったという人もいれば、言わない方がよかったという人もいるだろう。一方で、余生を静かに送っている両親に、何も無理して理解してもらう必要はないとして、一生教える気のない人も当然いる。

 それぞれに事情があって、それぞれに理があって、決定的な答えはない。それぞれに生きてきた経験の中で、それぞれに答えを模索するしかなく、その模索にこそ意味があるんだろう、きっと。

 まして、風俗嬢になったばかりの樹里ちゃんがこの段階で結論を出すことなどできるはずがない。私自身、彼女の事情をよく知らないのだから、ここでは「言わなくてもいい」としておいて、のちのち本人が考えていけばよい。

 こんな微妙な話を皆に聞いたって、第三者が無責任には答えられないですよね。「宇宙はどこまであるのだろう」「どうして人は生きているのだろう」と皆に聞いたって、答えられるはずがないのと一緒だ。だからこそ、あっさりカレシや親に告白して颯爽と生きている風俗嬢はすごいなあと思うのである。
ご愛読ありがとうございました。松沢呉一さんの連載は、今後『てぃんくる』誌上でお読みいただけます。9月24日発売の『てぃんくる』289号をお楽しみに!
松沢呉一(まつざわ・くれいち)
1958年生まれ。ライター。音楽から宗教、著作権問題などフィールドは多岐にわたるが、ここ10数年は性風俗産業の取材を中心に活動。その高い見識と飾らない人柄に風俗嬢たちからの信頼も厚く、仕事およびプライベートに関する相談を受けることもしばしば。ときに「風俗指導員」と化している。『ぐろぐろ』、『エロ街道をゆく』(以上ちくま文庫)、『風俗見聞録』、『風俗ゼミナール〈女の子編/お客編/上級・女の子編/上級・お客編〉』(以上ポット出版)、『魔羅の肖像』(新潮OH!文庫)など著書多数。編書に『売る売らないはワタシが決める』(ポット出版)などがある。
松沢呉一

2004.2.17 up

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