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この連載もいよいよ最終回ってことで、ここ数年で私がもっとも感動した作品を、ご紹介したいと思います。それは『弥次喜多 in DEEP』(エンターブレイン/全8巻)。一昨年(2001年)朝日新聞社主催の手塚治虫文化賞の「マンガ優秀賞」もとった、しりあがり寿さんの傑作です。 どういう話かというと、これが一言では説明できない摩訶不思議ワールドのファンタジー。弥次さん喜多さんという、どうやらホモっぽい関係にありそうな、着物を着たふたりが「お伊勢参り」をしようと旅をするその途中で、いろんな出来事やキャラクターに出会っていくの。時代はどうやら江戸時代らしい。っていうのも、この話のもとになっているのは『東海道中膝栗毛』だと思うのよね。でももちろんただの時代劇ではないので、その世界もまったくもって不思議ワールド。よくまあこんな世界作り上げたわ、と感心することしきりの心象世界なんだなー。 で、いくつかのエピソードを積み重ねてストーリーは進行してゆくのだけど、すごーく怖い夢に誘い込まれて自分の恐ろしい欲望や恐怖を見せつけられることもあるし、いつもケンカばっかりしてる鳥人の親子に、自分と親の関係を重ね合わせて涙することもある。誰にも望まれず人身御供に出された女の子が死んでなお子を身ごもったり、誰にも望まれないのに生きることに執着したり。ホモで心優しく、大衆の愚かさを十分に承知しているのにそれを救いたいと願い続けた男はやがて菩薩になり、花なのに咲くことのなかった醜い花は、ただ一度の花を咲かせて満足して死んでゆく。なんだかどうにもギリギリの切なさと、魂の奥までえぐられるような愛の物語がこの作品にはつまっているんだよね。で、その中でも私が一番好きな物語は『千年宿』の物語。 そこには不老不死の老人がいて、彼は誰を愛しても先立たれてしまう切ない老人。最初の300年で千年宿の家を建て、次の300年で過去にあったことを書物に記し、それから後の400年ずっと、彼はあるものを探し続けるの。それは一番最初の妻の似顔絵。彼は最初の妻がどんな顔だったか、もう覚えていないから。 彼は妻には先立たれまくりで、息子が生まれると旅に出し、女の子が産まれるとそれと交わって子をつくり続けてきた。そうでないと一人になってしまうからね。で、今一緒に暮らしているのは男の子なんだけど、この子はもしかしたら老人と一緒に永遠に生きてくれるかも知れないの。というのもその子は年頃になっても陰毛が生えなかった。そんな子だけ永遠の命を得て、老人と一緒にいてくれる可能性があるの。 だけどついに彼にも旅立ちの日がやってくる。つまり彼に「毛」が生えてしまった。それは運命づけられた『死』を予言するものだったの。 最後の子供も死ぬ運命だと知って、老人は彼のこともまた旅に出すことにする。そうするとこの千年宿にはもう誰も残らないの。永遠に死ぬことのない老人以外はね……。 その後の結末シーンを読んで、私は泣けて泣けて仕方がなかったわよ。そのくらいこのシーンは強烈。一体何が人生で一番大切なんだろう。老いて朽ちていくからこそ愛しい人生なんだって、当たり前のことをこの作品は教えてくれるのよ!! しかもただのセンチメンタリズムではなくて、そういう切なさとともに人間の恐ろしい欲望を見据えて描きながらね。だから時々こんなエピソードのときに素直に泣けてしまう。それこそ、東京で無理して生きている自分に根本的な問いを投げかけてくるの。 読んでも最初はその意味が分からないかもしれない。ただの絵空事と思うかもしれない。でもこれはあらゆる人の心に通ずる、人生そのものの問題を見事に寓話化したすごい漫画なのよ!! 実に聖書的な部分があるなと私は思ってるの。読んでおくといつかあなたが人生で似た部分に出会ったとき、「あ、これか」って思うエピソードがきっとあると思う。 私たちはさ、それでも俗な欲望から離れて生きることはできなくて、ブランドのバッグなんていらないって本当はわかっているけど欲しいわけじゃん。田舎で幼なじみと結婚すればそれでよかった。親と仲良くやれれば本当は幸せ。そんなことわかりきって、親不孝の限り、愚かな消費生活を選んでいるわけでさ。地味に幸せになるには、親を恨みすぎてしまったとか、ちょっと人と比べて貧乏過ぎたとか欲が深過ぎたとか、そういうことを抱えてこんな都会で無理して生きていけるわけで。 そういう私たちをこの作品はそれなりに受け止めて、「違う道もあるのかな」と、あるいは「このままでもいいんだな」と、いろんな思いに導いてくれると思うの。ぜひ一度、おこづかいを少し使って読んでみてほしい。涙か、怖さか、幸せかわからないけど、何かとても深いものをくれること、うけあいです。 で、この連載に長々付き合ってくれてありがとう!! みんなと会えて未明は凄く幸せでした。どうぞこれからも頑張ってね。またどこかでお目にかかりましょう!! |
- ■さかもと未明
- OLから漫画家へ。レディースコミック、エッセイ等各誌で連載を持ち、最近「文學界」で小説デビューも果たす。著作は「ゆるゆる」(マガジンハウス刊)「だって幸せになりたいんだもん」(朝日ソノラマ刊)等多数ありのスーパーお姐さん。