松沢呉一の店外講習
風俗取材に携わって10余年。ひたすら「エロ街道」を歩き続ける著者が、お店スタッフや女の子との交流を重ねて得た、風俗業に関するさまざまな知見をここに開陳。新連載第2回目のテーマは、「カミングアウト」。風俗で働いていること、あなたは内緒にしてますか?

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しかし、告白しなければリスクがないわけではない。ここにいたコたちは全員カレシバレを経験していないのだが、バレた時のことを考えると、事前に告白しておいた方がいいとも言える。「風俗嬢であること」よりも、「そのことを隠していたこと」がショックに思える人がいるからだ。

 彩菜ちゃんは、先輩の立場から新人風俗嬢の樹里ちゃんにこうアドバイスした。

「一緒に住んでいるとバレやすいよね。今は家の近くに一人で住んでいるけど、風俗嬢になった頃は親と住んでいたから、母親に“最近あんたセッケン臭くない?”って言われて、あの時に薄々気づいたんじゃないかと思う。それ以上は言ってこなかったけど、実家に住んでいるんだったら、無香料のセッケンを使うとか、仕事に関するものは家に持って帰らないとか、大金を財布に入れないようにするとか、注意した方がいいよ」

 これに続けて私はこう言った。

「いざバレた時にどう言い訳をするかくらいは考えておいた方がいい。人間、パニクると、急には言葉が出てこないからさ」

 また、この場にいたヒロちゃんは、友だちに話したら、そこから話が広がって、つい最近、前の職場の上司にまでバレた。ちょうどこの時にその上司(女)から「体に気をつけてがんばりなさい」というメールが届いてひと安心。ただし、この人だって、こう言いながらも、「うちにいた××ちゃんが風俗嬢になっちゃってさ」なんて吹聴しないとは限らない。話としては面白いですからね。

 このように誰かに話すと、たいていの人は「絶対に言っちゃダメだよ」との条件つきで別の人に話す。別の人はもっと責任がないので、さらに大胆に話す。友だちに話したら、すでにその周辺の30人くらいが知っていると考えてもいい。
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  上記のバツイチ風俗嬢も同じような経験をしている(二人のうちの一人目)。ある時、彼女に会ったら、こんなことを話し出した。

「一昨日親友と飲んだんですよ。彼女には知っていて欲しいし、きっと理解してくれると思って話してしまったんです。今までずっと隠していたのに。案の定、彼女は理解してくれて、その時は言ってよかったと思っていた。ところが、昨日、別の友だちから電話があって、“そういう仕事はしない方がいい”って言うんですよ。絶対に言わないって約束だったのに、すごいショック。私が話した親友の夫婦とは家族づきあいをしていて、私の親も知っている。どこまで話が広がっているのかもわからない。念のために、昨日、そのコに“やっぱりいけないことだと思うので、辞めることにしました”ってメールを入れたんだけど、返事がない。人が信じられなくなった。もう彼女とは絶交する」

 前にも男につきまとわれた経験があるんだから、早く学習した方がいいのに。自分だって黙っていられなかったんだから、他人はまして黙っていられず、他人に言うんだったら言いふらされることを前提に言うべし。私に話したら、原稿にされるものだと思うべし(どこの誰かわからないようにはしますけど)。

 といった事情を考えると、「いざとなったらカレシと別れる覚悟があるか」という程度の話ではなく、「カレシに別れ話を持ち出しても揉めないか」「カレシが親にチクッてもいいか」「周辺からカレシに情報が流れることはないのか」「店の決定までカレシに口を出されてもいいのか」といったさまざまな可能性を考慮に入れて判断すべきことである。
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 ゲイのカミングアウトもそうだが、親に告白して理解してもらえてよかったというケースもあるし、結局のところ理解してもらえず疎遠になったというケースもある。それでも言ってよかったという人もいれば、言わない方がよかったという人もいるだろう。一方で、余生を静かに送っている両親に、何も無理して理解してもらう必要はないとして、一生教える気のない人も当然いる。

 それぞれに事情があって、それぞれに理があって、決定的な答えはない。それぞれに生きてきた経験の中で、それぞれに答えを模索するしかなく、その模索にこそ意味があるんだろう、きっと。

 まして、風俗嬢になったばかりの樹里ちゃんがこの段階で結論を出すことなどできるはずがない。私自身、彼女の事情をよく知らないのだから、ここでは「言わなくてもいい」としておいて、のちのち本人が考えていけばよい。

 こんな微妙な話を皆に聞いたって、第三者が無責任には答えられないですよね。「宇宙はどこまであるのだろう」「どうして人は生きているのだろう」と皆に聞いたって、答えられるはずがないのと一緒だ。だからこそ、あっさりカレシや親に告白して颯爽と生きている風俗嬢はすごいなあと思うのである。 
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