第6回『フィータス-人間未満』の巻
みんな、あけましておめでとう! 千年に一度のお正月をみんなと一緒に迎えることができるのをとても嬉しく思うよ。あたしも皆も、どんなに医学が進んでも。あと100年は生きられない。つらいことも楽しいこともいつか終わっちゃうんだ。だから今年も、心を込めて生きようね!
さて今月はあたしがレディコミ界で最もリスペクトする『レディコミ界の女王』、森園みるく先生の最新単行本を紹介します。その名も『フィータス-人間未満』(筑摩書房/コミックス 定価980円 発売中) 先生は数年前から同居中の、これまた才能の塊、鬼畜ライターとして有名な村崎百郎先生の原作で作品を描いてらっしゃいます。その頃からエロは少し減ったんだけど、バイオレンスと狂気は倍増。一級のサイコ、サスペンスの境地を開拓なさいました。 この『フィータス』は、予知能力をもっているかわりに、人間らしい感情を全く持たない芙美子が主人公。周りで、欲望に捕らわれて狂気ギリギリの生を送っている人達が次々と事件に巻き込まれ、死んでいく様がオムニバス形式で語られるのだけど、原作の残酷さと森園先生の美し過ぎる絵が見事にマッチング!背筋が寒くなるような、現代人の心の闇を描き出すことに成功しています。
いやマジでゾッとしますよ。有名になるためになんでもしてしまう女が、やがて自分の欲望におしつぶされて死ぬ話。自分の感情の冷たさゆえ、退屈凌ぎに恋人を殺し続ける女の話。いくら殺しても『興奮』を得られない彼女は、最後に「自分を殺したら少しはドキドキできるかしら」と自らの頸動脈を刺すのだけれど、最後まで彼女は無表情に死んでゆく。それを見守る主人公芙美子がまた無表情なままだから、なんとも戦慄の深いこと!
ほかにも自分の中の「愛の妄想」に捕らわれた女が、かつての恋人の結婚式の日にその妻を殺し、血まみれのウェデイングドレスを着たりの話しがあったりね。どのキャラクターも、現代人であるあたしたちの内部にある何かを肥大化させたらこうなるって感じでさ。サイコ、サスペンスとして楽しんだ後ふと振り返ると「あれは。もしかしてあたしが生きたかも知れない人生なんだ」と気付かされてゾッとするのだ。ほんと怖いですよ。 それらのキャラクターたちの特徴は、自分の冷たく閉ざされた世界の住人であり続け、外部世界との接触の持ち方を知らない点。接触の技術がない人間が外部と接触しようとすると、もはや狂気と暴力、セックスに頼るしかないのですわ。そんな「現代」の寓話として、是非お勧めしたいのがこの作品です。筑摩書房から出ているから、是非よんで見てね。「レディコミってこんなことまでできるのか」って意外に思ってもらえること太鼓判だよ。それにしても面白いのは、こんな都会的でハードな作品を作るお二人が、実はすっごく優しくて、純粋で悪意のない、暖かいお二人だってこと。みんなに見せて上げたいよ。ほんと素敵な二人なんだから。
だからね。この『フィータス』を通じて、本当はお二人が何を言いたかったのだろうかってあたしは何度も考えた。単に人間の本性ってこんなもんよってことで終わらせてはいけない作品だと思うのだよね。つまり、これでは人間じゃないんだよ。人間っていうのは、心の暖かさや、愛、労りや痛みを知らなければ、人間じゃないんだよっていうメッセージのような気がするんだよね。そう思うと二人はやっぱり現代日本のジョン&ヨーコじゃないだろうかって思うの。お二人はあちこちで活躍していらっしゃるから、是非そんな隠されたキャラクターと共に、作品を観賞してみてね。そうすると、外に見える残酷すぎる過剰な美しさ以上のものが、作品の中に発見できて面白いと思うよ。
■さかもと未明
OLから漫画家へ。レディースコミック、エッセイ等各誌で連載を持ち、最近「文學界」で小説デビューも果たす。著作は「ゆるゆる」(マガジンハウス刊)「だって幸せになりたいんだもん」(朝日ソノラマ刊)等多数ありのスーパーお姐さん。