風呂場の前の鏡で自分を見たら、涙が出てきました。こんなに痛いことしたのに、何も変わらない。抱かれたら幸せなのかと思っていたけど、ちっとも幸せじゃない、寂しい。悲しいって。でも、彼に髪を撫でてもらうのは好きだったので、まだ一緒にいたい、とは思いましたけど。
でも彼は薬をやる人だったんです。だんだんラリって殴るようになって。その頃母が興信所使って私の居場所を見つけて。包丁を持って押し入ってきたんです。彼のマンションに。で、刺されそうになって、一度家に帰りました。でもまた母に刺されそうになって、夜の町に。彼のところだと見つかるから、今度は別の人のとこ。行くところだけはすぐに見つかりました。野宿なんてしたことなかった」
しかし、地元の名古屋では母親に見つかることがだんだん多くなったので、沙夜加は17歳の時に上京する。14歳の時からこれまで、一緒に住んだ男性は20人くらい。
「東京でも、同じようにして、行くとこはすぐに見つかりました。なんて言うか、その晩だけでも私を見つめてくれる人がいるのは幸せって思ってたので。誘われるとすぐについて行った。でもイったことは、実を言うとないんです。優しくされるのが好きだから、セックスするだけ。セックスの時に首を絞められたり、バックで入れられてお尻をぶたれたり、殴られたりすると興奮するんですよ。それって母親にされてたことと関係するのかもしれないけど」
自分のこと、客観的に分析してるね。そう言うと、「そうですね。なんでこんなになっちゃったんだろっていつも考えてましたから。それでだと思います」と、沙夜加は続ける。
残酷で、私に冷たい人が好き
「名古屋でも年をごまかしてクラブで働いていたので、東京でもクラブとか、ときどき風俗で働いて。自分はもしかしてMなのかな、と思ったことがあったんで、SMクラブにいたこともあります。これは結構長くいました。お金がよかったから。私、その頃からお金をためて、学校行かなくちゃって思いはじめてたんです。いつまでもこんなことじゃ駄目だし、私は一人の男の人じゃまとまらないから、ちゃんと働かないと駄目だって」
──「一人の男の人じゃまとまらない」って?
「私、お店に出ているとよく『水揚げしてあげる』って言われるんですよ。別にお店に借金があるわけじゃないんですけど、お金あげるから足洗えって。でも、そんなふうに言ってくれるいい人と、たとえば一緒に暮らしても、すぐ物足りなくなっちゃうのがわかってるの。激しい感情世界の中に小さい頃いたせいかもしれないけど、ちょっと異常なくらいの人が好きなんです。絶対結婚なんてできないような人が。殴られたり、苦労させられたりするのが好き。相手の殴る手さえ愛しいみたいなのがあって。首を絞めてくれるような人。残酷で、見つめても見つめ返してくれないような人。冷たくしてくれることに惹かれるんです。その人に振り向いてもらうためにいろいろしている自分が好き。
幸せになれるチャンスなんていくらでもあったと思う。でも、それをつかまなかったのは自分なんです。ああいう仕事は、どこかでよくない、と思っていたけど、それを求めている自分がいて。勉強して1年暮らすには十分なお金がたまってからでも、しばらくSMクラブにはいました。
店をやめた理由は母です。2年くらい前、20歳になるちょっと前でした。東京で十分働いてお金もできたし、ふと母に何かしてあげたくなったの。ずっと行方知れずでかわいそうな思いさせたから、旅行にでも連れて行ってあげようかと思って、お金たくさん持って、一度帰ったんです。でもそしたら、うんと泣かれて。私がそういう仕事してたの、わかってたんでしょうね。翌日お金をたくさんおろして封筒に入れてきて。多分500万くらい入ってたと思います。その封筒を渡されて、『これで私から逃げて。もう二度と前に現れないで』って言われた」